巣立ち

昨日は週に一度のお習字の日。

始める前に先生が、
「今日は言っておかないといけないことがあります」
と切り出した。

作務衣姿の先生は、私の正面にきちんと座りなおした。
私はなんとなく嫌な予感がした。
案の定、来年の3月で先生を退くことにしたと言われた。


先生との出会いはちょうど1年前。
それまで長女と一緒に通っていた習字の先生は、もう大人を教えるのには限界があると、今の先生を紹介してくれた。

先生は70歳を過ぎた、おじいちゃん先生である。
しかし背筋がしゃんと伸び、生き生きとしている先生は、とてもそんなお年には見えなかった。
でも、何があるかは分からないので、それでもよければ来て下さいと言ってくれた。

覚悟はしていたが、こんなに早くこんな日がくるとは思わなかった。


気力の衰えが、退くことの大きな原因だと先生は語った。
思うような字が書けなくなってきた。
気力が以前のようには続かない。
もう、書くのはやめようと、筆を折った事も何度もある。
そんな日を繰り返し、決断した、と。


常日頃から私に言ってくれていた。
自分の知っていることは全て教えます。
早く、教室を開いてください。


正直焦っているとも打ち明けてくれていた。
いつまで教えることができるかわからないので、早く全てを教えておきたいと・・・。

そして、この一年で色んな経験をさせてくれた。


それなのに、私は・・・

まだ、独り立ちするのが怖かった。
お教室を持つのも、いつかは・・・とは思っていたが、一歩が踏み出せなかったのだ。

そういえば、ここ最近先生達が集まる会合に連れて行ってもらったり、講習会の話を持ちかけてくれていた・・・。
ぐずぐずしている私を、先生はやきもきしながら見ていたに違いない。


私はなんとも情けない顔をしていたと思う。

そんな私に先生はやさしく言った。
書友は永遠です。
これでお別れではなくて、これからもあなたの力になりますよ。
書くことは死ぬまで続けていきましょうと。


涙がこぼれるのを必死でごまかした。

そんな風に言ってくれる先生に、感謝の気持ちと、申し訳ない気持ちと、寂しい気持ちと・・・。
いろんな気持ちが入り混じって、ありがとうございますと言うのが精一杯だった。


これまで私にたくさんのものを与えてくれた先生に、恩返しをしなくてはいけない。
そのためにも、私は先生の思いや、教えてくれたことを無駄にしてはいけない。


教室を出ると、相変わらずセミがうるさく鳴いていた。
でも、夏の照りつけるような日差しが少し、やわらいでいた。


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by couturira | 2011-08-19 09:39 | 手しごと | Comments(14)
Commented by hanaと五右衛門 at 2011-08-19 11:02 x
先生に恩返しをしたい気持ち、でも一歩が踏み出せない気持ち
わかります。
新しい事を始める不安・・・なかなか決心がつきませんよね(>_<)

聞いた話ですが・・・
「チャンスの神様は前髪しか無い。だから目の前に来た時しかチャンスは掴めないよ!」と・・・

色々と事情もあるのかもしれませんが
せっかく巡ってきたチャンスと思って
勇気を出して一歩を踏み出してみてはいかがですか?
couturiraさんなら大丈夫です(^^)v
教室を開いて、頑張ってる姿を見てもらうことが
一番の恩返しになりますよ♪

Commented by couturira at 2011-08-19 13:19
hanaさん、こんにちは。

チャンスの神様ですか!
とってもいい話ですね。

とりあえず、近所でお習字教室を開くのを待ってくれている方がいるので、そこから始めてみようかなと思います。

hanaさんの言葉、とっても嬉しかったです♪
ありがとうございます。
Commented by puk at 2011-08-19 17:17 x
先生の気持ちも、couturiraさんの気持ちもとってもよくわかります。
読んでて、お二人の空間の中に自分もいるような錯覚をおこしました。
そして、うれしいような、寂しいような、苦しいような気持ちになりました。

素敵な先生に教えていただいてるんですね。先生との残りの時間を大切にしてくださいね。
Commented by いっちゃん at 2011-08-19 19:54 x
何かに秀でている人は姿勢がいいですよね。
きっとcouturiraさんもいい姿勢をしてらっしゃるんでしょうね。
いい先生になられると思います。

チャンスの神様の話は、古くヨーロッパの神話からきているそうですね。
それをレオナルド・ダ・ピンチが説いて有名になった話です。

チャンスを逃さないでね!
Commented by couturira at 2011-08-19 20:02
pukさん、こんばんは。

メールもありがとうございます!

本当に素敵な先生で、年齢を感じさせない魅力的な先生です。

週に一度、お習字を習うことも楽しみなのですが、人生の先輩として、たくさんのことを教えてもらっています。
たったの1年間でしたが、とても大きな出会いだったと思います。

読んでくれて、ありがとうございます。
Commented by couturira at 2011-08-19 20:33
いっちゃんさん、こんばんは。

ありがとうございます。
本当に嬉しいです。
これでぼんやりしていたら、罰があたりますね。

チャンスの神様の話、そういういきさつがあったのですね!
いいお話を聞けました♪

いっちゃんさんのおっしゃるとおり、背筋のぴんとした雰囲気のある先生です。
私もそんな風に、なれたらいいなと思います。

そうそう、先生には雅号とは別に書の名前があるのですが、のん兵衛という意味なんですよ♪
いっちゃんさんとちょっと、似ているのかも(笑)
Commented by おかみ at 2011-08-19 22:48 x
couturiraさん。
自分の目標である「先を行く人」が急に目の前からいなくなると、何とも言えない寂しさ・不安があるのでしょう。。。
でも「世代交代」って、自分の思想を引き継ぐ後継者がいることで、心置きなく先人も退けるものですものね。。。
きっと、お師匠さんは、couturiraさんに託したのでしょう。。。
お師匠さんがお元気なうちに、couturiraさんのご活躍を見せてあげてください★
Commented by **mika** at 2011-08-19 23:32 x
読ませていただいて、はじめて教室を任されて皆さんの前で話をさせていただいた時のことを思い出しました。
その時、自分より年配の方がたくさんいる中で。。。。。ドキドキと私でいいのかな。。。。なんて色んなことを考えました。
まずは自信を持つこと。
いらして下さる方に教わることがたくさんありました。
『先生』という肩書きの中で頑張りすぎなくてもいいんですよね。
でも、今まで書に携わってきたcouturiraさん自信を認めてあげながら少しずつはじめられたらいいんじゃないでしょうか?
はじめる時が先生として完璧じゃなくて全然いいんだと思います。
Commented by couturira at 2011-08-20 00:18
おかみさん、こんばんは。

ありがとうございます。
本当におかみさんのおっしゃるとおりですね。

出会ってまだ1年足らずの私に託してくれたことに、感謝の気持ちと、不安な気持ちと入り混じっていますが、今回のことで決心がつきました。

なかなか踏み切ることのできない私の性格を、先生は分かって決断されたのでは・・・と考えてしまいます。

でも、先生を安心させるためにも、先生を落胆させないためにも、しっかりしなくてはと思っています。

ありがとうございます!
Commented by couturira at 2011-08-20 00:29
mikaさん、こんばんは。

ありがとうございます。
「人様に何かを教えるためには」とか、「先生と呼ばれるからには」と考えて、まだまだ・・・と先に延ばしていましたが、mikaさんにそう言ってもらえるとふっと肩の力がぬける気がしました。
みんな最初から完璧な「先生」であることは出来ませんよね。
というより、伝える相手から学ぶことで、大きくなれるのかもしれませんね。
今の自分に出来る限りのことを伝えていきながら、自分も高めていくことで続けていけるのかなと思えました。

ありがとうございます!
Commented by わたげ at 2011-08-20 05:37 x
そこまで 極められているcouturiraさん、すごいです。
そして 知っている全てを 教え伝えたい・・・としてくれた 先生の姿勢。

教える側と教えられる側が お互いを尊敬しあっているというかんじが みてとれます。
とても ステキな関係ですね。

こんなふうに ステキな先生の愛情を受けてこられたcouturiraさんなら 先生方から受け継がれたものを また次へと うまく伝えられるのでしょうね。

書道をたしなむひとりとして 尊敬します。
Commented by リゾート at 2011-08-20 15:43 x
胸の奥が ギュっとなるようなせつない気持ち・・・
先生の気持ちもわかるし、couturiraさんの気持ちもわかります
せっかく 素晴らしい才能を持っているのならば
ぜひ 頑張っていただきたい・・・素直にそう感じました
世の中には 自分のしたい事が 見つからずに
ジタバタしている人の方が多いと思います
好きな事がある・・・・それだけで幸せだと感じます
Commented by couturira at 2011-08-20 23:09
わたげさん、こんばんは。

極めるなんて、まだまだです。
ただ、字を書くことが好きなんです。

幼い頃には特徴のある字を見ると、この字はあの子の顔に似ている・・・なんて秘かに思っていた、ちょっと不思議な子供でした(汗)

昔から書には親しんできましたが、やればやるほど奥が深く、古典などをやっていると本当に色んな発見があります。

書も他の芸術と同じで好き嫌いがはっきりとありますし、これが自分の書というものにたどり着くにはまだまだだと感じます。


ただ、先生との出会いは貴重なもので、私にとって人生で大きな意味があったと感じています。

わたげさんも書道をされていましたね!
書道について色々と聞いていただきたいです♪
Commented by couturira at 2011-08-20 23:23
リゾートさん、こんばんは。

ありがとうございます。
才能があるとは嬉しい限りなのですが、ずっと続けることが出来たというだけです。
書いても書いても飽きることはなく、もっと知りたいと思います。
それくらい好きなものに出会えたことはとても幸せだと感じます。

子供達にも、何かそういうものに出会って欲しいと思います。
そのためにも、色々と種をまいておかないといけないですね♪

これからは先生から教わったものを、きちんと伝えていかないといけないですね。

ありがとうございます。
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