カテゴリ:子そだて( 63 )

ユニフォーム

長女がバレーを始めて3ヶ月が経った。

団体競技の厳しさの中で大きく成長して欲しいと、私達両親が無理やり入れたようなものだ。
決めた時、長女は泣きながら抵抗していたが、始めてみるとやはり体を動かす事は嫌いではない様で、楽しさを見つけたようだった。

しかし、長女と同じ4年生は彼女よりも1年以上前から入部していたようで、なかなか彼女達のようには動けない。
サーブが入らない。
飛んできたボールに遠慮がちに手を出し、とんでもない方向に飛ばしてしまう。
大きな掛け声も出ない。

長女はもともと前へ出るタイプではない。
参観日でも手を上げるのを見る事はほとんどない。

体格には恵まれていて、背だけは高いのだが技術がまだまだ伴っていない。
おまけにせっかくのチャンスボールなのに、
「このボール、私が打ってもいいんですか・・・」
と言わんばかりに自信なさげにもたもたしている。

家で私と練習する時はもっと積極的に動いているのに、自分はみんなよりも下手だからと遠慮して、明らかに後ろ向きだ。
兄弟げんかをする時のように、思いっきりやって欲しいのに。
練習を見ているともどかしさが募る。


そんなある日、同じ4年生のお母さんが連絡網のメールのついでに一言付け加えてくれた。

「監督も彼女の目の色を変えたいと、あれこれ試してるみたいだね。
まだ入って3ヶ月だから色々出来なくて当然。
でも、いつもの自分が出せるようになったら、彼女は絶対にうまくなるよ。」

バレーの代表も勤める彼女は練習の日は大体最初から最後まで体育館にいる。
その日は練習が終わるより少し早く迎えに行って練習を見ていた私の目の前で、長女は監督に怒られていた。
相変わらず遠慮がちなプレーをする彼女に喝を入れてくれていた。

私の心を見透かされたようだった。
そして、長女を見ていてくれた事がありがたかった。

長女の目の色を変えたい。
それは私達両親が彼女にバレーを始めさせた目的でもあった。
なかなか熱くなれるものがない。
一生懸命に何かに打ち込む事で、新しい自分を見つけて欲しかった。

そんな私達の期待に彼女はこたえてくれる日が来るのかどうかは分からないが、今日、新人戦のユニフォームが配られた。
次々に4年生の名前が呼ばれる中、長女も9番のユニフォームを手にする事が出来た。
年下の子の中にも彼女よりも上手な子はたくさんいるのに、監督は敢えて長女にユニフォームを渡してくれた。

長女はまさかユニフォームをもらえるとは思っていなかったようだったが、やはり嬉しそうだった。

監督がユニフォームを手渡してくれた気持ちを無駄にしないように、精一杯頑張って欲しいものである。

まだまだ始まったばかりの長女のバレー。
頼むよ、長女。

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by couturira | 2012-01-08 22:45 | 子そだて | Comments(6)

抱負

毎年新年になると決意する事がある。
それは毎晩子供に本を読んでやる事・・・。

毎年決意するという事は、毎年それは守られていないという事である。

今年も人知れずそう決意したのだが、まだ1ヶ月と経っていないというのに諦め気味である。


私が子供の頃は、よく本を読んでいた。
それは、あまりに早起きだった私に手をやいた両親が出した解決策によるものであった。
どれくらい早起きだったかというと・・・

幼い頃、私の家の裏には空き地があり、そこは牛乳を集める場所になっていた。
近所に牛を飼っている家が2軒ほどあり、絞りたての牛乳を入れた大きな缶を牛乳屋さんのトラックが集めに来ていたのだ。
おじさんが大きな缶をゴロゴロと転がしながら、上手にトラックに積み込んでいく。
缶と缶の隙間に大きな缶がぴたりと収まる様子はなんとも気持ちがよかった。
私は2階の窓からそれをのぞくのが日課になっていた。

しかし、それが終わると私は退屈になり、両親に早く起きろと詰め寄っていたらしい。
牛乳屋さんがみんなのところへ牛乳を配る前の作業なので、まだ薄暗い時間だっただろう。

かなり早い時間に寝かされていたので、早く起きるのも無理もない話なのだが、そんな私に両親は私が退屈しないように本を買い与えたのだ。

昔話が2話ずつのった本は20冊くらいがセットになっていた。
他には子供の好きそうな絵本。
こちらもシリーズで、今でも手元に数冊残っている。
少し大きくなると伝記も加わった。


私はそれを毎朝両親が起きるまでじっと読んでいた。
今でこそほとんど読まなくなったが、本好きな子供だった。

しかし、我が子ときたら・・・
本を読むのは嫌いではないようだが、選ぶ本がなかなか私の好みと程遠い。


毎年お正月には親戚の家におよばれに行く。
そこでいいころあいに酔って気が大きくなったおじさんが、毎年子供達を連れて近くの本屋さんへ行くのだ。
そこで子供達の好きな本を買ってくれるのだが、我が子の選ぶ本というのはなんとも納得がいかないものなのだ。
普段私達が買ってやる事はないが、子供達が本当に欲しい本をきっちり選んでいるようで、長女は学校の怪談のような類、次女は小さな鍵盤のついた音の出る絵本。
かろうじで長男だけがいわゆる普通の絵本を選んで帰る。

きっとこれは本の持つ本当の楽しさみたいなものに触れていないからだと私は毎年反省し、そして例の誓いを立てるのだ。

今年は自分を戒めるためにも、毎日一話ずつが1ページになった、365日の絵本なるものを購入した。
日付ごとに1話読むようになっている。
そろそろ子供が寝付くまでに、さぼった日の話を読み終わらないくらいになってきた・・・
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by couturira | 2012-01-07 23:38 | 子そだて | Comments(7)

嘘つきは・・・

今日が私の仕事納め。
朝出かけてから帰るまでの8時間、子供達3人だけでお留守番。

出かける前に、ケンカをしたら罰金だからと言い放って家を出た。
意外と子供達だけの時はケンカはしないようだが、時間が長いので少々心配だった。

しかし、こういう時に限ってあろうことかケータイを忘れてしまった。
休憩中に職場の電話からかけてみようかとも思ったが、かけなかった。
なんとかやっているに違いない。

夕方仕事が終わって家に帰った。
すると置手紙が玄関先に置いてあった。
長女の字である。


おばあちゃんの家に行っています


家から数分のおばあちゃんの家に、昼過ぎからみんなで出かけていたらしい。
私はそのまま荷物を玄関に置いて、実家へと急いだ。

実家のコタツに入ってしばらくみんなで話をしていると、母が声を上げた。
「大変!壊れてる・・・」

クリスマスのオーナメントの雪の結晶を片付けようとしたところ、ガラスで出来たそれはポキンと折れていたのだ。
「誰が落としたの?怒らないから言ってごらん」
みんな首を横に振る。
口々に自分じゃないと言う。
私も少し怒った口調で問い詰めるが、誰も白状しない。

嘘つきは地獄に落ちること。
地獄では針の山を歩かされたり、ぐらぐらと煮えたぎる釜に放り込まれたりすることを私は話して聞かせた。
しかし、誰も名乗らない。

仕方なく、私は三人に目をつぶるように言った。
自分がやったという人は手を挙げるようにと促した。
長い時間待ったが、誰も手を挙げない。

外はもう暗くなっていた。
私は家に帰ることにした。

自転車で来ていた長男以外を車に乗せて、私達は家路についた。
車の中でも私は壊してしまったことよりも、嘘をつくことのほうがいけないことだと二人に話した。
この時点で私は誰が犯人か、大体見当はついていた。
しかし、本人に名乗り出て欲しいのだ。
家に着いた時、長女はしくしくと泣いていた。
「自分がやったのなら、自分で正直にやったって言いなさい」

しかし、長女は泣くばかりで何も言わない。
次女を車から降ろし、私と長女は長いこと車に乗っていた。
エンジンを切った車の中は少しずつ冷えていった。、


多分私の留守中、長女が中心になってお昼ごはんを食べたり、遊んだり、お片づけをしたり、いろんなことにリーダーシップを発揮してやっていたに違いない。
しかし、最後の最後に事件が起きてしまったのだ。
よくやってくれていたのも分かっている。
しかし、見過ごすわけにはいかなかった。


どれくらい時間が経っただろう。
数分だったのか。
10分以上経っていたのだろうか。
長い時間が過ぎたような気がした。
ようやく長女は嗚咽をこらえながら、
「・・・落とした」
と白状した。
その途端、関を切ったように大声で泣き始めた。
私は正直に言ったのはえらかった事。
そして、嘘は絶対にダメな事を長女に伝えた。

二人でようやく車から降り、みんなでご飯を食べた。
そして、お風呂に入った。
幸い長女が一足早くお風呂に行ったので、私は長女の後を追い、お風呂から出たらおばあちゃんに電話をかけるように言った。
長女は小さく、分かったとうなずいた。

次女と長男がお風呂に入るのと入れ違いに長女はお風呂を出て、電話をかけていた。
電話を切った後、うずくまって泣く長女がいた。


自分の失敗や間違いを黙っていて、うやむやにするような大人になってほしくない。
潔く自分の非を認め、謝る事は大人の私達にとっても簡単な事ではない。
しかし、とても大切な事だ。
出来ない時もあるかもしれない。
でも、一つ一つ、こうやって覚えていって欲しい。
そして、謝る事のできる大人になってほしいのだ。

オトナの私にとっても、肝に銘じるような出来事だった。

きっと彼女は今日の事は忘れないだろう。
大きくなってまた、こういう場面に出くわした時に、思い出して欲しい・・・。
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by couturira | 2011-12-27 23:29 | 子そだて | Comments(12)

コンクール本選

次女のピアノコンクール本選がようやく終わった。

熱心な先生に勧められるままコンクール出場となったが、実は私も娘もそんなところは場違いなような気がしている。
いや娘は何もかも初めてなのでよく分からないだろうが、少なくとも私はこんなはずでは・・・といった感じである。


習い事に追われていた幼少時代を過ごした私は、子供達にはのびのびと自由な時間を過ごして欲しいと思っていた。
しかし、気付いてみると三人それぞれ、習い事をしている。

次女の場合、たまたま幼稚園で音楽教室をやっていたので、安易な気持ちでピアノの世界に入ってしまった。
しかし、先生は経験豊富で熱心な先生だった。
私達は次々と出される宿題に四苦八苦である。
楽器をやっていたとはいえ、ピアノは全くの素人の私。
オットもしかりである。

流れに身を任せていると、コンクールに出ることになっていたという感じだ。

しかし、毎日毎日同じ曲を引き続けるというのは大変なものである。
次女はもちろんだが、私も少々飽き飽きしていたが、そんな事も言っていられない。
なだめたりすかしたりしながら、幼稚園バスが来るまでの数十分をピアノの練習の時間に充てていた。

ようやくこの課題曲から解放されるという喜びで、今日は朝から私も次女も晴れ晴れしていた。


会場に着き、私達と離れて順番に並ばされ、舞台の袖に向かう次女。
さすがに緊張しているようだった。
しかし、こちらを振り返りもせずにすたすたと列に並んで歩いていった。


2年前の発表会。
彼女は私から離れることが出来ずに、私達だけ親子で舞台に上がった。
なんとも恥ずかしい思いをしたのだが、私は彼女を信じていた。
いつか必ず一人で舞台に立てる。

これが一人目だと、少し違ったのかもしれない。
そう思うと三人目というのはのびのびと育つものなのかもしれない。



無事に弾き終え、彼女は小さなトロフィーを手に入れた。
彼女にとっては初めてのトロフィーである。

留守番をしている長男長女には内緒で、彼女のリクエストである回転寿司に寄った。
そして、いつもなら絶対にお許しが出ないケーキのお皿を前に、次女は満面の笑みを見せた。
家族みんなで回転寿司に行くと、帰りのスーパーで3個パックのプリンを買うのがいつもの我が家なのだ。


嬉しそうに兄弟にトロフィーを見せる次女。
みんなが寝静まり、一体どこに飾ったのかと2階に上がってみると、2段ベッドの下で、お気に入りのぬいぐるみの横で輝くトロフィーとともに眠る次女がいた。

よく頑張ったね。
おめでとう。

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by couturira | 2011-12-03 23:15 | 子そだて | Comments(11)

次女の憂鬱

髪を伸ばしている次女。
毎朝幼稚園へ行く前に、私が髪を結うのが日課になっている。

毎朝、
「今日はどうする?」
と次女のリクエストに答えているのだが、今日は何も考えずにみつあみにした。

ふと鏡の中のみつあみに気付いた次女。
「えー、みつあみ・・・」

明らかに不服そうである。

今まで次女のリクエストの中にはみつあみも含まれていたので、意外な反応だった。
私はすかさず理由を尋ねると、

「だって、こてつくんがぞうさんっていうんだもん」

なるほど次女のみつあみがぞうさんの鼻に見えるのか、からかわれたらしい。

私は
「ぱおーんってやってあげたら?」
と言ってみたが、次女は浮かない顔。

私はみつあみを解こうとしたが、次女はそのままでいいと言った。

家では一番おしゃべりな次女だが、外では違う顔。
周りにはおとなしいと思われているようだ。


よくみつあみをしてもらっていた小学生時代、私もおとなしいほうだった。
クラスのいじめっ子に意地悪されても、言い返せずにいた。
その時の私にとっては一大事だったのだが、今となっては他の思い出と同じ色になっている。


次女をぞうさんとからかった、こてつくん。
実は次女のことが好きだと言っていると、お母さんから聞いている。


今は大変だと思うことも、後になって振り返ってみるとなんてことないってことはよくあることだ。
渦中にいる今は気付かなくても、ほとんどのことはそうだろう。


次女は今日も元気に幼稚園バスに乗り込んだ。
まだまだちっちゃな憂鬱である。

いってらっしゃい。
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by couturira | 2011-11-11 09:18 | 子そだて | Comments(0)

長男は年長の時に保育園から幼稚園へ変わった。
彼のためだと思ってのことだったのだが、慣れ親しんだ先生や友達と離れることが不安だったようで、彼にはかなり泣かれてしまった。

「どうしてママが勝手に決めるの」
そう言われて迷いもあったが、私達は決断した。


今となっては幼稚園でよかったと、何かの折にはつぶやいたりするのでホッとしているところだ。

そんなかんじで年長から幼稚園に変わった長男だったので、私達もかなり不安だった。
しかし、担任の先生にはかなり助けてもらった。

それまで年長のクラスはベテラン先生と決まっていたようだが、長男の担任の先生はその年初めて年長を任されたというかなり若い先生だった。
先生にも不安があったようだが、ぽつりと年長から幼稚園に入ってきた長男をとても気にかけてくれていた。


卒園してからその先生に会うこともなくなったのだが、先日仕事中に先生がひょっこりと現れた。

私は懐かしく、とても嬉しかった。

先生は病気のお母さんの介護をするために、長男の卒園と同時に幼稚園を去った。
しかし、そんな中、当時先生が受け持った年長のクラスの子供達の運動会には欠かさず来てくれていたようだ。
そんな話をしながら、
「6年生になるまでずっと見に行きます」
と先生は嬉しそうに話してくれた。
ありがたいという気持ちでいっぱいになった。


こうしてまた会えるなんて、縁ですよねと、私よりも10歳は若い先生はさらりと話す。

私も先生に近況報告したいと思いながらも連絡先も分からず月日が流れていたが、こうしてまた会うことが出来た。

この世の中で、一生会うことのない人がたくさんいるなか、こうしてまた先生に会うことが出来たのも、きっと縁だろう。
特に連絡先を交換はしなかったのだが、先生とはまた会える。

縁に感謝。

先生、結婚おめでとうございます。
本当に、幸せになってくださいね。


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by couturira | 2011-11-10 09:35 | 子そだて | Comments(6)

のかない汚れ

先日の雨の日、長男のソフトの試合の予定だった。

朝5時半に起きて、お弁当をどうしたものか悩む。
家族5人分のお弁当。
運動会弁当さながらである。

結局大会は決行された。

泥んこになりながら、みんなひたむきにボールを追いかける。
大きな声を出しながら、一つのボールに誰もが集中している。

そんな様子に涙がにじむ。



私にも、こんな風に一生懸命だった時があったのだろうか。


いかに部活をサボるかばかり考えていた中学時代。
それでも監督に怒鳴られながら、毎日嫌々練習をしていた。
手にマメがたくさんできた。
死にそうになりながら走った。

充実していたのか。
はたまた後悔が残っているのか・・・。

自分なりにやり遂げたという思いがあれば、後悔は残っていないはず。
残念ながら、私はやり残したという気持ちが、心の片隅に残っている。


ソフトを初めて1ヶ月もたたない長男。
しかし、6年生が抜けると9人ぎりぎりのチーム。
申し訳ないことに、長男は早速センターを任されている。

みんな監督にどやされる中、長男はまだ大目に見てもらえている。
しかしそれも今だけだということも、彼はわかっているようだ。


新品のユニフォームに、茶色く残った汚れ。
のかない汚れを眺めながら、これからの成長を楽しみにしている。

いつも読んでくださってありがとうございます。
励みになっています。
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by couturira | 2011-11-08 09:21 | 子そだて | Comments(2)

賭け

朝から仕事が手につかなかった。

今日は参観日。
しかし私は仕事。

低学年の内は参観日となるとたくさんの人が見に来るが、高学年になってくるとだんだんと少なくなってくる。
みんな仕事を始めるからだろうか・・・。
休みを取って参観日に来ても、兄弟がいると階段を上がったり降りたりしながら、その一時間を兄弟の数で割った時間ほどしか見ることができない。

そのためか、子供の通う小学校では1時間目は低学年、次の時間は中学年、その次は高学年と、参観時間を分けるときもあれば、日にちを分けるときもある。

一昨日は長女の参観日。
一日はさんで今日は長男の参観日。
中日である昨日は、次女の就学前検診であった。

さすがに3日も続けて休日希望を出す勇気はなく、私はどうしても外せない就学前検診の日のみ希望を出し、残りの二日間は希望を出さなかった。

もしも休みになっていたら行くと、子供達には前もって言っておいた。

幸い長女の参観の日は休みになっていたのだが、長男の方は仕事となっていた。


2年生の長男はみんなで合奏をすることになっていた。
特にピアノなどを習っているわけではないのだが、次女の影響か、たまにポロンとつたない指使いで弾いている事もあるので、あながち嫌いではないらしい。


私は朝から、昼からある参観のことが気になって仕方がなかった。



私の母は専業主婦だったために、参観日には必ず来ていた。
なので参観日に母が来るのは当たり前だと思っていたし、誰も見に来てくれない参観日を経験したことがない。
なので誰も見に来てくれない参観日を迎える長男のことが、気になって仕方がなかった。


次々と集まるお父さんお母さん。
たまにおじいちゃん、おばあちゃん。
みんなそわそわと後ろを気にしている。
待っても待っても誰も来ないなんて、寂しいに違いない。


仕事が終わって家に帰る途中、てくてくと歩いて帰っている長男のランドセルを見つけた。
私はあわてて車を寄せて、長男を呼び止めた。

「お帰り」
「ただいま」

車に乗せた長男は、何も言わない。
私はたまらず、
「参観日、どうだった?」
「上手にひけた?」
「たくさんお母さんたち来てた?」
と矢継ぎ早に切り出した。

「じょうずにひけたよ」
と彼はさらりと答えた。

寂しかったのか、そうでもなかったのかは、結局分からなかった。

色々と聞きたかったのだが、
「行けなくてごめんね」
とだけ、私は言った。


帰って宿題をした後、外で一人キャッチボールを始めた長男。
今日は夕ご飯の支度もそこそこに、グローブを持って、長男のところへと急いだ。

ほんとにごめんね。

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読んで下さってありがとうございます。
いつも励みになっています。
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by couturira | 2011-10-27 21:40 | 子そだて | Comments(4)

二つに一つ

本日ソフトとバレーの試合。

幸いオットが休みだったため、オットが長男とソフト、私と次女が長女とバレーへと分かれて応援に行くことでなんとか丸くおさまった。

朝早くから小学校に集合する長男とオット。
その後少し遅れてバレーの会場へと向かう長女と私達。
ああ、きっとこれから週末はこういう生活になるのだろうなぁと、ぼんやりした頭で思いながらお弁当の卵焼きを焼く。


前日夜、ソフトの役員さんから電話をもらい、長男にユニフォームを与えられることを知らされた。
長男のチームは現在故障者を抱えていて、試合に出ることができるのは10名ほど。
なんともギリギリである。
10月に入ってから始めた長男も、試合に出ることになりそうだと告げられた。

初めての試合。
残念ながら私は見ることが出来なかった。
これも兄弟が違うことをしているので諦めるしかない。


一方長女は10月中旬にバレーを始めたので、もちろん応援団である。
6年生のお姉ちゃん達のプレーを目の前にして、数年後の長女を夢見る。
オットの強引なススメで泣く泣くバレーを始めた長女も、きっと何か心に響いたのだろう。
あまり多くは語らない長女だが、夜、湯船につかりながら、
「あんなになりたい」
とつぶやいた。

ミスをすれば、チームに迷惑をかける。
失敗しても、みんなで励ましあう。
好プレーをすると、みんなで喜ぶ。

団体競技のよいところは、苦しいことも、嬉しいことも、みんなで分かち合えることだ。
その経験は、子供の心に大きな何かを刻むに違いない。
たくさん、たくさん、そんな経験をしてほしい。
ただ日々を過ごすよりも、悔しさや嬉しさをたくさん味わった方が絶対によいと私達は思っている。
どんな経験も、いずれ血となり、肉となり、その人を形作る。


それに、今は分からなくても、きっと分かる時が来る。
一生の間にどれだけ「好き」なことに出会えるかは分からない。
しかし、自分の中で「好き」が沢山ある人のほうが、絶対にハッピーである。


だからのんびりしたい日曜日も、朝も早くから子供を連れて試合に、練習に、向かうのだ。
世の中のお父さん、お母さんはみんな同じ思いで子供の行事に付き合うのだろう。


丸一日、なんのことだかさっぱり分からないバレーボールというものに付き合った次女。
引っ込み思案の次女は、応援する私の足元で退屈そうにしながらも、おとなしく一日付き合ってくれた。
申し訳ない気持ちと、仕方ないという気持ちと・・・。

でも、次女の選択肢はもう2つしか残されていない。
ソフトかバレーか。

来年1年生の次女。
さっさとどちらか一方に決めて、どっぷりスポ少生活にはまるほうが、いいのかもしれない・・・。

彼女のためにも、私達のためにも・・・。

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by couturira | 2011-10-23 20:47 | 子そだて | Comments(6)

最後の運動会

年長の次女にとって、幼稚園最後の運動会があった。

実はこの幼稚園、私も通った思い出深い幼稚園なのだ。
園舎も建て替わり、様子は随分と変わってしまったが、またこの幼稚園に来ることになるとは、深い縁を感じてしまう。

そんな幼稚園での最後の運動会。
次女は末っ子のため、私達にとっても最後の運動会となった。


その運動会、毎年年長児による組体操がある。
毎年ピラミッドが見所。

そして、小柄な次女はそのピラミッドの一番上に立つことになった。
逆上がりも、自転車も、割とすんなりとクリアしてきた身軽な次女のこと、一番上に立つことも、たいして問題ないだろうと思っていた。

しかし、運動会が近づくにつれて、お母さん達から声を聞くようになった。

「まだ、ピラミッド、成功してないみたい」


余計なことはなんでも話すくせに、大事なことはあまり話さない次女。
私はそんなことになっているとは、ちっとも知らなかった。
呑気なものである。

結局運動会前日、ようやく1回だけ成功したようだった。

私は次女に、
「崩れても、落っこちそうになっても、頑張って立とうね」
と、少々無茶苦茶なアドバイスをして、当日の朝を迎えた。


園児の疲れを考慮してか、組体操はプログラムの前半に組み込まれていた。

ピラミッドは2、3個出来るのだろうと思っていたのだが、今年は全員で1個のピラミッドを作ることになっていた。

全員で15人くらいだろうか。

1段、1段とみんなが積み上がり、4段目に立つために、次女が土台に足をかけてよじ登る。
しかし、4段目に到達する前に、ピラミッドは崩れてしまった。

そして、再チャレンジ。

一番土台の子は、地面についている足が痛く、顔をゆがめている。
かなりの重さを支えなくてはいけないので、地面についているひざ小僧が痛いのだ。


自然と園庭に「頑張れ!」の声が響き始めた。
観客からも、見ている年中以下の園児からも・・・。


しかし、次女が3段目に手を掛け、はい上がった時、やはりピラミッドは崩れてしまった。


クラスの先生は残念そうに、プログラム中盤の休憩を挟んで、また、チャレンジしますと伝えたが、結局再チャレンジはなかった。

園児の疲れや、時間を考慮してのことだろう。


こうして、幼稚園最後の運動会は終わった。
次女はピラミッドの上に立つことは出来なかったが、みんなの成長をたくさん感じた運動会であった。

深く深く、心に残る運動会だった。



次女に後で、何が一番心に残ったかと聞くと、しばらく考えて、
「かけっこ」

出来なかったことよりも、出来たことに目を向ける、前向きな次女。
いや、出来なかったことを悔しがっているからこそ、あえてそれと答えなかったのか・・・。



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by couturira | 2011-10-09 11:05 | 子そだて | Comments(6)