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お弁当

日々お弁当を作るという生活をしていなかったせいか、未だに子供のためにお弁当を作るとなると身構えてしまう。

子供達がソフトやバレーを始めて、週末はほとんど試合。
試合となれば、お弁当を持たせなくてはいけない。

今日も朝6時に家を出る長男のためにお弁当を作った。

早起きが苦手な私は、前日の夜にある程度の事を済ませておく。
メニューは毎回ほとんど変わらない。
卵とソーセージは必ず入っているし、見た目重視の私にとって緑の野菜は欠かせない。
ある時はブロッコリーだったり、アスパラだったり。
後は多めに作って冷凍しておいたコロッケや唐揚げが加わり、余裕があるときは更にもう1品。

毎週続くお弁当なのだから、これでは子供達も飽きてくるだろうと思い始め、今日は図書館でお弁当の本などを借りて帰ったところだった。

明日は長女のためのお弁当。
キッチンで明日の準備をしながら、今日お弁当を持って行った長男にお弁当箱を洗うようにと促していた。
すると長女が
「お弁当、おかずをもっと入れて。
 この前のお弁当、おかずが寄って味が混ざってた」

先週は長女も長男もお弁当が必要だった。
応援の私達もお弁当持参だったため、慣れない私が作ったおかずの量は少々少なかった。
お弁当箱に詰める時に、しまったなぁと思いながらもなんとなく見た目はきれいに取り繕って、そのまま持たせたのだ。

痛いところをつかれ、
「ごめん。明日はもっといっぱい入れるよ」
と反省していると、隣にいた長男がぽつりと言った。
「今日、ぼくのお弁当、ごうかだねって言われたよ」
次女も、
「おかあさんのおべんとう、すき」

今日長男の持っていったお弁当も、やはりいつもと変わらないお弁当で、たいして豪華でもなかった。
でも、気を遣ってくれたようで二人の気持ちにふっと嬉しくなった。

一方長女は気まずそうにしている。
別に彼女が悪いわけではないのに、どうしていいか分からないようだ。
ぷいっと長女は洗面所に行き、寝る前の歯磨きを始めた。
いつもはこちらがせかさないとなかなか洗面所へ向かわないのに・・・。
そして、時間よりも早く
「おやすみ」
とこちらを見ずにぼそっと言いいながら、足早に二階へ上がっていった。


なんとも不器用な長女らしい出来事だった。

下の子たちのように甘えたり、素直に思いを伝えたりする事が苦手なのだ。
彼女が悪いわけではない。
赤ちゃんだった弟や妹のせいで、甘えたくても甘えられず、言いたい事も言えず、長女として色んなことを我慢しながら頑張ってきた結果なのだ。

カチンとくることもあるが、こちらに余裕があるときはその気持ちをくみとってやらないとバチが当たるというものだ。
いや、正直カチンとくる時のほうが圧倒的に多いのだが・・・。

そ知らぬ顔で長女の二段ベッドに近づき、他愛のない話をしていると、彼女のモヤモヤも紛れたようで、笑顔でおやすみを言って電気を消した。


さて、明日のお弁当はご希望に沿うように作らねば・・・。
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by couturira | 2012-03-11 00:13 | 子そだて | Comments(2)

カウントダウン

先日一大イベントである発表会も終わり、一日一日が卒園へと向かっている。

我が家で一番小さな次女は、いつまでたっても赤ちゃんのような気がしていた。
しかし、確実に大きくなっていっている。


発表会では恒例の合奏がある。
年長さんは毎年同じ歌を歌い、同じ曲を合奏する。
特別な歌と、特別な曲である。


次女は合奏で小太鼓に任命された。
幼稚園バスから降りるなり、次女は唇を尖らせながら言った。
「ピアニカがやりたかったのに、せんせいがこだいこにしたらっていう」

どうやら次女はピアノを習っているということで、小太鼓に推されているようであった。
我が家では一番おしゃべりな次女だが、幼稚園では違う顔。
初めての参観日ではみんなが楽しく音楽に合わせて教室中を動き回る中、じっと座って動かなかったし、盆踊りの時も先生の手をしっかりと握って全く踊らなかった。
初めてのピアノの発表会では、次女一人がお母さん、つまり私と二人で前に出て、私のおひざの上での発表会となった。

しかしここ最近ではピアノの発表会の舞台に一人で立つことが出来る様になっているので、なんとかなるだろうと気楽に構えていた。

しかし・・・
この小太鼓というのがかなりの曲者であった。
曲はラデツキー行進曲。
オーケストラのコンサートの最後に演奏されたりする有名な曲で、園長先生のお気に入りの曲だそうだ。

小太鼓は大太鼓のあと。
つまり裏打ちなのだ。
大人でも裏に入るのは結構難しい。
指揮に合わせて、演奏に合わせて常に裏を打ち続けなくてはいけないので、少々気持ちの悪い演奏になる年もあったことを思い出した。
案の定、次女は裏打ちに苦戦していた。


毎朝外遊びの時間に大太鼓とシンバルの子とともに次女が小太鼓を練習をしていると聞かされたのは、他のお母さんからだった。
ある日幼稚園が終わり、バスから次女とともに降りてきた担任の先生に
「今日はたくさん練習したので、家でたくさん遊ばせてあげてください」
と言われた。
私はなんとなくピンときて、次女と手をつないで家まで歩きながら聞いた。
「もしかして小太鼓出来なくて涙がでちゃった?」
「・・・うん」

やれやれこれはかなり重症らしい。
幸い毎年同じ曲なので、長男の時のビデオがある。
それを見ながらやってみると、あらあら先生の苦労がよくわかる。
せっかく選んでもらったのに、これでは先生にもみんなにも申し訳ない・・・。

長男長女も加わって毎晩家族で合奏である。


さて、発表会当日。
私達家族の頭の中には次女の小太鼓の事しかなかった。
劇など二の次である。

舞台の上の次女はいつになく緊張した面持ちであった。
あれほどまじめな顔の次女を今まで見た事があっただろうか。
ビデオを覗き込みながら、祈るような気持ちで次女と一緒に頭の中でリズムを刻む。

無事に演奏が終わり、客席に向かって深々とお辞儀をした先生の目には涙が浮かんでいた。

私達にとっても思い出深い発表会となった。


それにしても・・・
我が家が建っているのが騒音の心配のない田舎でよかった・・・。
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by couturira | 2012-03-09 00:23 | 子そだて | Comments(2)

誕生日に思う事

昨日は次女の誕生日だった。

誕生日恒例のビデオ鑑賞会。
産まれた時のビデオを見るのを子供達も楽しみにしているようで、この日もテレビの前に3人がかじりついてのビデオ鑑賞会となった。

もちろん産まれたばかりの次女は小さくてかわいかったのだが、この日のビデオ鑑賞会は、私にとっては少し違っていた。


次女は帝王切開で産まれた。

長女の時は緊急帝王切開。
長男の時は自然分娩だったのだが、その後大量出血のため輸血。
2回とも失敗している私に先生は帝王切開を勧め、私達もそのことに迷いはなかった。


ビデオはまだ大きなお腹を抱えた私から始まり、手術中の子供達の様子に切り替わった。
当時長女4歳、長男2歳。
長女は一足早く手術室から出てきた赤ちゃんを気にしながらも、
「ママは?ママは?」
とビデオを持つオットにしきりに聞いていた。
手術後に私が移される部屋に私のスリッパが並んでいるのを見つけては、
「ママのスリッパがある。ママはまだ?」
と心配してくれていた。

手術中のこの様子。
私が見たのは初めてだった。


帝王切開のため、入院はしばらく続いたが、長男は病院に来るのを嫌がっていた。
祖母の家に預けられた長男。
ママに会いに病院に行くよと伝えても、行きたくないとダダをこねると祖母が話していた。

この事はよく覚えている。
病室に来た長男は祖母から離れようともせず、私がおいでと言っても祖母の後ろに隠れてなかなか私の元へと来なかった。
来てもすぐに帰ろう帰ろうと祖母を何度も促し、そそくさと帰っていくのである。
私は切なくて仕方なかった。
甘やかしてくれるおばあちゃんがよくなっちゃったのかなぁと、私は赤ちゃんと二人残された病室で寂しい思いをしたのだった。

そんなある日、嫌がる長男を私は無理やり抱っこした。
すると、最初は嫌がっていたが、我慢したものが吹っ切れたように甘えてきた。
夜になり、面会時間が終わる時間となった。
長男は初めて帰りたくないと階段の踊り場で火がついたように大暴れし、今生の別れのように二人して泣きながら別れたのだ。

甘えたい気持ちをぐっと我慢して強がっていたのだろう。
会いたい気持ちを出してしまうと、もう我慢できなくなるといわんばかりの涙だった。
小さいながらも男の子である。


小さくて産まれたばかりの次女の世話にかまけて、こんなにひたむきな二人の気持ちに私は向き合っていたのだろうか。

長男の方は私も彼の気持ちに気付き、それなりに向き合っていたと思う。
しかし、長女の方は・・・。
聞き分けのよい長女のことを後回しにしては、彼女の寂しい気持ちに気付いていなかったに違いない。
いや、気付いていたのかもしれないが、目の前のことに精一杯で、彼女の気持ちに目をつぶっていたのかもしれない。
私のことをこんなにも気遣ってくれていた長女なのに。

私はビデオを見ながらこっそりと泣いた。
できる事ならビデオの中の小さな長女を抱きしめてやりたかった。

後悔しても、もうその時には戻れない。
もっと子供達のことを見ていれば・・・と今更思っても、もうどうにもならない。


ふと長女を見ると、食い入るようにビデオを見ていた。
色々とナゾの多い長女であるが、ことさらいとおしく思えた。
もっと向き合ってやらないと・・・と反省することしきりであった。



日を改めて、せっかく心新たにしたものの、お風呂掃除がいやだとぶつくさ言う長女を、やはり今日も叱り飛ばしているのだった・・・。

ごめんね、長女。
ダメなお母さんですが、ちゃんと反省しています。
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by couturira | 2012-01-21 22:28 | 子そだて | Comments(4)

晴れ舞台

昨夜の夕ご飯、長女はいつになく饒舌だった。

昨日はバレーの新人戦で、長女と私はまだ明るくなる前からお弁当を持って出発した。

先日まさかのユニフォームをもらって以来、長女は毎日ボールに触っていたし、私も時間を見つけては長女の練習に付き合っていた。

そんな様子を見ていたオットもボールを新たに購入してくれて、ボールが増えた我が家では、ここ数日はテレビを見ながらも家族それぞれがボールを持ってトントンとやっていた。

底冷えする体育館で、予選が始まった。
5年生以下の新チームで行われる新人戦は、どこのチームも5年生中心のチームである。
そんな中、長女の所属するチームは5年生が少なく、4年生と3年生が中心のチームである。
今年1年間は我慢の年であることを誰もが覚悟していたが、まさかの粘りで予選を勝ち抜いた。

なんとか決勝リーグに進んだものの、対戦相手は県下でも有数の強豪チーム。
長女のチームとは動きも力も明らかに違っていた。

点差が広がる中、監督は控えの選手を出し始めた。
これからのために、経験を積ませるという意味もあるのだろう。
そして、見に来てくれている親御さんのためにもということもあるらしい。
なんともありがたい気配りである。

監督は控えの選手全員にチャンスを与えてくれた。

長女にもその順番が回ってきた。
相手チームの勝利まで残り数点。
負けは込んでいる。
しかし、長女がコートの脇に立った時、私はなんともいえない気持ちになった。
確かに経験を積む事は大切な事だ。
今までこの試合に向けて、長女なりに頑張ってもきた。
しかし、長女のせいでみんなに迷惑をかけてしまうのではないかと不安だった。

長女は背が高いという理由からだろう、練習で一応前衛のポジションが与えられている。
その日もやはり前衛の子と交代した。
ああ、どうかボールが飛んできませんように・・・
祈るような気持ちで観覧席からコートを見守る。

結果チームは負けてしまったが、長女は自分のところに飛んできたボール全てにちゃんと手を出し、ミスなく試合を終える事ができた。

私は心底ホッとし、たまたまうまくいったことに安堵した。


そうして昨夜の遅い夕食。
ギョウザをつつきながら、息子のソフトへ行っていたオットに、私は今日の様子を話して聞かせた。
長女もかなり緊張していたが、わけがわからないまま手を出し、なんとかなったと嬉しそうに話していた。

オットも長女のいつもとは違う様子に気付いていた。
たまたま今日は上手くいったという程度のレベルだが、明らかに長女にとって自信になったようだ。
まだまだたくさんの課題はあるが、とりあえず今日はよくやった。


しかし、私は今日一日で足にしもやけが出来てしまった・・・。
まさかこの歳になってしもやけを作る事になるとは。
恐るべし、冬の体育館。
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by couturira | 2012-01-16 10:46 | 子そだて | Comments(2)

ユニフォーム

長女がバレーを始めて3ヶ月が経った。

団体競技の厳しさの中で大きく成長して欲しいと、私達両親が無理やり入れたようなものだ。
決めた時、長女は泣きながら抵抗していたが、始めてみるとやはり体を動かす事は嫌いではない様で、楽しさを見つけたようだった。

しかし、長女と同じ4年生は彼女よりも1年以上前から入部していたようで、なかなか彼女達のようには動けない。
サーブが入らない。
飛んできたボールに遠慮がちに手を出し、とんでもない方向に飛ばしてしまう。
大きな掛け声も出ない。

長女はもともと前へ出るタイプではない。
参観日でも手を上げるのを見る事はほとんどない。

体格には恵まれていて、背だけは高いのだが技術がまだまだ伴っていない。
おまけにせっかくのチャンスボールなのに、
「このボール、私が打ってもいいんですか・・・」
と言わんばかりに自信なさげにもたもたしている。

家で私と練習する時はもっと積極的に動いているのに、自分はみんなよりも下手だからと遠慮して、明らかに後ろ向きだ。
兄弟げんかをする時のように、思いっきりやって欲しいのに。
練習を見ているともどかしさが募る。


そんなある日、同じ4年生のお母さんが連絡網のメールのついでに一言付け加えてくれた。

「監督も彼女の目の色を変えたいと、あれこれ試してるみたいだね。
まだ入って3ヶ月だから色々出来なくて当然。
でも、いつもの自分が出せるようになったら、彼女は絶対にうまくなるよ。」

バレーの代表も勤める彼女は練習の日は大体最初から最後まで体育館にいる。
その日は練習が終わるより少し早く迎えに行って練習を見ていた私の目の前で、長女は監督に怒られていた。
相変わらず遠慮がちなプレーをする彼女に喝を入れてくれていた。

私の心を見透かされたようだった。
そして、長女を見ていてくれた事がありがたかった。

長女の目の色を変えたい。
それは私達両親が彼女にバレーを始めさせた目的でもあった。
なかなか熱くなれるものがない。
一生懸命に何かに打ち込む事で、新しい自分を見つけて欲しかった。

そんな私達の期待に彼女はこたえてくれる日が来るのかどうかは分からないが、今日、新人戦のユニフォームが配られた。
次々に4年生の名前が呼ばれる中、長女も9番のユニフォームを手にする事が出来た。
年下の子の中にも彼女よりも上手な子はたくさんいるのに、監督は敢えて長女にユニフォームを渡してくれた。

長女はまさかユニフォームをもらえるとは思っていなかったようだったが、やはり嬉しそうだった。

監督がユニフォームを手渡してくれた気持ちを無駄にしないように、精一杯頑張って欲しいものである。

まだまだ始まったばかりの長女のバレー。
頼むよ、長女。

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by couturira | 2012-01-08 22:45 | 子そだて | Comments(6)

抱負

毎年新年になると決意する事がある。
それは毎晩子供に本を読んでやる事・・・。

毎年決意するという事は、毎年それは守られていないという事である。

今年も人知れずそう決意したのだが、まだ1ヶ月と経っていないというのに諦め気味である。


私が子供の頃は、よく本を読んでいた。
それは、あまりに早起きだった私に手をやいた両親が出した解決策によるものであった。
どれくらい早起きだったかというと・・・

幼い頃、私の家の裏には空き地があり、そこは牛乳を集める場所になっていた。
近所に牛を飼っている家が2軒ほどあり、絞りたての牛乳を入れた大きな缶を牛乳屋さんのトラックが集めに来ていたのだ。
おじさんが大きな缶をゴロゴロと転がしながら、上手にトラックに積み込んでいく。
缶と缶の隙間に大きな缶がぴたりと収まる様子はなんとも気持ちがよかった。
私は2階の窓からそれをのぞくのが日課になっていた。

しかし、それが終わると私は退屈になり、両親に早く起きろと詰め寄っていたらしい。
牛乳屋さんがみんなのところへ牛乳を配る前の作業なので、まだ薄暗い時間だっただろう。

かなり早い時間に寝かされていたので、早く起きるのも無理もない話なのだが、そんな私に両親は私が退屈しないように本を買い与えたのだ。

昔話が2話ずつのった本は20冊くらいがセットになっていた。
他には子供の好きそうな絵本。
こちらもシリーズで、今でも手元に数冊残っている。
少し大きくなると伝記も加わった。


私はそれを毎朝両親が起きるまでじっと読んでいた。
今でこそほとんど読まなくなったが、本好きな子供だった。

しかし、我が子ときたら・・・
本を読むのは嫌いではないようだが、選ぶ本がなかなか私の好みと程遠い。


毎年お正月には親戚の家におよばれに行く。
そこでいいころあいに酔って気が大きくなったおじさんが、毎年子供達を連れて近くの本屋さんへ行くのだ。
そこで子供達の好きな本を買ってくれるのだが、我が子の選ぶ本というのはなんとも納得がいかないものなのだ。
普段私達が買ってやる事はないが、子供達が本当に欲しい本をきっちり選んでいるようで、長女は学校の怪談のような類、次女は小さな鍵盤のついた音の出る絵本。
かろうじで長男だけがいわゆる普通の絵本を選んで帰る。

きっとこれは本の持つ本当の楽しさみたいなものに触れていないからだと私は毎年反省し、そして例の誓いを立てるのだ。

今年は自分を戒めるためにも、毎日一話ずつが1ページになった、365日の絵本なるものを購入した。
日付ごとに1話読むようになっている。
そろそろ子供が寝付くまでに、さぼった日の話を読み終わらないくらいになってきた・・・
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by couturira | 2012-01-07 23:38 | 子そだて | Comments(7)

嘘つきは・・・

今日が私の仕事納め。
朝出かけてから帰るまでの8時間、子供達3人だけでお留守番。

出かける前に、ケンカをしたら罰金だからと言い放って家を出た。
意外と子供達だけの時はケンカはしないようだが、時間が長いので少々心配だった。

しかし、こういう時に限ってあろうことかケータイを忘れてしまった。
休憩中に職場の電話からかけてみようかとも思ったが、かけなかった。
なんとかやっているに違いない。

夕方仕事が終わって家に帰った。
すると置手紙が玄関先に置いてあった。
長女の字である。


おばあちゃんの家に行っています


家から数分のおばあちゃんの家に、昼過ぎからみんなで出かけていたらしい。
私はそのまま荷物を玄関に置いて、実家へと急いだ。

実家のコタツに入ってしばらくみんなで話をしていると、母が声を上げた。
「大変!壊れてる・・・」

クリスマスのオーナメントの雪の結晶を片付けようとしたところ、ガラスで出来たそれはポキンと折れていたのだ。
「誰が落としたの?怒らないから言ってごらん」
みんな首を横に振る。
口々に自分じゃないと言う。
私も少し怒った口調で問い詰めるが、誰も白状しない。

嘘つきは地獄に落ちること。
地獄では針の山を歩かされたり、ぐらぐらと煮えたぎる釜に放り込まれたりすることを私は話して聞かせた。
しかし、誰も名乗らない。

仕方なく、私は三人に目をつぶるように言った。
自分がやったという人は手を挙げるようにと促した。
長い時間待ったが、誰も手を挙げない。

外はもう暗くなっていた。
私は家に帰ることにした。

自転車で来ていた長男以外を車に乗せて、私達は家路についた。
車の中でも私は壊してしまったことよりも、嘘をつくことのほうがいけないことだと二人に話した。
この時点で私は誰が犯人か、大体見当はついていた。
しかし、本人に名乗り出て欲しいのだ。
家に着いた時、長女はしくしくと泣いていた。
「自分がやったのなら、自分で正直にやったって言いなさい」

しかし、長女は泣くばかりで何も言わない。
次女を車から降ろし、私と長女は長いこと車に乗っていた。
エンジンを切った車の中は少しずつ冷えていった。、


多分私の留守中、長女が中心になってお昼ごはんを食べたり、遊んだり、お片づけをしたり、いろんなことにリーダーシップを発揮してやっていたに違いない。
しかし、最後の最後に事件が起きてしまったのだ。
よくやってくれていたのも分かっている。
しかし、見過ごすわけにはいかなかった。


どれくらい時間が経っただろう。
数分だったのか。
10分以上経っていたのだろうか。
長い時間が過ぎたような気がした。
ようやく長女は嗚咽をこらえながら、
「・・・落とした」
と白状した。
その途端、関を切ったように大声で泣き始めた。
私は正直に言ったのはえらかった事。
そして、嘘は絶対にダメな事を長女に伝えた。

二人でようやく車から降り、みんなでご飯を食べた。
そして、お風呂に入った。
幸い長女が一足早くお風呂に行ったので、私は長女の後を追い、お風呂から出たらおばあちゃんに電話をかけるように言った。
長女は小さく、分かったとうなずいた。

次女と長男がお風呂に入るのと入れ違いに長女はお風呂を出て、電話をかけていた。
電話を切った後、うずくまって泣く長女がいた。


自分の失敗や間違いを黙っていて、うやむやにするような大人になってほしくない。
潔く自分の非を認め、謝る事は大人の私達にとっても簡単な事ではない。
しかし、とても大切な事だ。
出来ない時もあるかもしれない。
でも、一つ一つ、こうやって覚えていって欲しい。
そして、謝る事のできる大人になってほしいのだ。

オトナの私にとっても、肝に銘じるような出来事だった。

きっと彼女は今日の事は忘れないだろう。
大きくなってまた、こういう場面に出くわした時に、思い出して欲しい・・・。
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by couturira | 2011-12-27 23:29 | 子そだて | Comments(12)

コンクール本選

次女のピアノコンクール本選がようやく終わった。

熱心な先生に勧められるままコンクール出場となったが、実は私も娘もそんなところは場違いなような気がしている。
いや娘は何もかも初めてなのでよく分からないだろうが、少なくとも私はこんなはずでは・・・といった感じである。


習い事に追われていた幼少時代を過ごした私は、子供達にはのびのびと自由な時間を過ごして欲しいと思っていた。
しかし、気付いてみると三人それぞれ、習い事をしている。

次女の場合、たまたま幼稚園で音楽教室をやっていたので、安易な気持ちでピアノの世界に入ってしまった。
しかし、先生は経験豊富で熱心な先生だった。
私達は次々と出される宿題に四苦八苦である。
楽器をやっていたとはいえ、ピアノは全くの素人の私。
オットもしかりである。

流れに身を任せていると、コンクールに出ることになっていたという感じだ。

しかし、毎日毎日同じ曲を引き続けるというのは大変なものである。
次女はもちろんだが、私も少々飽き飽きしていたが、そんな事も言っていられない。
なだめたりすかしたりしながら、幼稚園バスが来るまでの数十分をピアノの練習の時間に充てていた。

ようやくこの課題曲から解放されるという喜びで、今日は朝から私も次女も晴れ晴れしていた。


会場に着き、私達と離れて順番に並ばされ、舞台の袖に向かう次女。
さすがに緊張しているようだった。
しかし、こちらを振り返りもせずにすたすたと列に並んで歩いていった。


2年前の発表会。
彼女は私から離れることが出来ずに、私達だけ親子で舞台に上がった。
なんとも恥ずかしい思いをしたのだが、私は彼女を信じていた。
いつか必ず一人で舞台に立てる。

これが一人目だと、少し違ったのかもしれない。
そう思うと三人目というのはのびのびと育つものなのかもしれない。



無事に弾き終え、彼女は小さなトロフィーを手に入れた。
彼女にとっては初めてのトロフィーである。

留守番をしている長男長女には内緒で、彼女のリクエストである回転寿司に寄った。
そして、いつもなら絶対にお許しが出ないケーキのお皿を前に、次女は満面の笑みを見せた。
家族みんなで回転寿司に行くと、帰りのスーパーで3個パックのプリンを買うのがいつもの我が家なのだ。


嬉しそうに兄弟にトロフィーを見せる次女。
みんなが寝静まり、一体どこに飾ったのかと2階に上がってみると、2段ベッドの下で、お気に入りのぬいぐるみの横で輝くトロフィーとともに眠る次女がいた。

よく頑張ったね。
おめでとう。

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by couturira | 2011-12-03 23:15 | 子そだて | Comments(11)

次女の憂鬱

髪を伸ばしている次女。
毎朝幼稚園へ行く前に、私が髪を結うのが日課になっている。

毎朝、
「今日はどうする?」
と次女のリクエストに答えているのだが、今日は何も考えずにみつあみにした。

ふと鏡の中のみつあみに気付いた次女。
「えー、みつあみ・・・」

明らかに不服そうである。

今まで次女のリクエストの中にはみつあみも含まれていたので、意外な反応だった。
私はすかさず理由を尋ねると、

「だって、こてつくんがぞうさんっていうんだもん」

なるほど次女のみつあみがぞうさんの鼻に見えるのか、からかわれたらしい。

私は
「ぱおーんってやってあげたら?」
と言ってみたが、次女は浮かない顔。

私はみつあみを解こうとしたが、次女はそのままでいいと言った。

家では一番おしゃべりな次女だが、外では違う顔。
周りにはおとなしいと思われているようだ。


よくみつあみをしてもらっていた小学生時代、私もおとなしいほうだった。
クラスのいじめっ子に意地悪されても、言い返せずにいた。
その時の私にとっては一大事だったのだが、今となっては他の思い出と同じ色になっている。


次女をぞうさんとからかった、こてつくん。
実は次女のことが好きだと言っていると、お母さんから聞いている。


今は大変だと思うことも、後になって振り返ってみるとなんてことないってことはよくあることだ。
渦中にいる今は気付かなくても、ほとんどのことはそうだろう。


次女は今日も元気に幼稚園バスに乗り込んだ。
まだまだちっちゃな憂鬱である。

いってらっしゃい。
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by couturira | 2011-11-11 09:18 | 子そだて | Comments(0)

長男は年長の時に保育園から幼稚園へ変わった。
彼のためだと思ってのことだったのだが、慣れ親しんだ先生や友達と離れることが不安だったようで、彼にはかなり泣かれてしまった。

「どうしてママが勝手に決めるの」
そう言われて迷いもあったが、私達は決断した。


今となっては幼稚園でよかったと、何かの折にはつぶやいたりするのでホッとしているところだ。

そんなかんじで年長から幼稚園に変わった長男だったので、私達もかなり不安だった。
しかし、担任の先生にはかなり助けてもらった。

それまで年長のクラスはベテラン先生と決まっていたようだが、長男の担任の先生はその年初めて年長を任されたというかなり若い先生だった。
先生にも不安があったようだが、ぽつりと年長から幼稚園に入ってきた長男をとても気にかけてくれていた。


卒園してからその先生に会うこともなくなったのだが、先日仕事中に先生がひょっこりと現れた。

私は懐かしく、とても嬉しかった。

先生は病気のお母さんの介護をするために、長男の卒園と同時に幼稚園を去った。
しかし、そんな中、当時先生が受け持った年長のクラスの子供達の運動会には欠かさず来てくれていたようだ。
そんな話をしながら、
「6年生になるまでずっと見に行きます」
と先生は嬉しそうに話してくれた。
ありがたいという気持ちでいっぱいになった。


こうしてまた会えるなんて、縁ですよねと、私よりも10歳は若い先生はさらりと話す。

私も先生に近況報告したいと思いながらも連絡先も分からず月日が流れていたが、こうしてまた会うことが出来た。

この世の中で、一生会うことのない人がたくさんいるなか、こうしてまた先生に会うことが出来たのも、きっと縁だろう。
特に連絡先を交換はしなかったのだが、先生とはまた会える。

縁に感謝。

先生、結婚おめでとうございます。
本当に、幸せになってくださいね。


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by couturira | 2011-11-10 09:35 | 子そだて | Comments(6)